2020年 01月 27日
相棒
幼い頃のある正月に
初詣に連れて行ってもらったことがある。
バスと列車を乗り継いで
2時間程かかる神社へだ。
そこに行くことになった理由は忘れてしまったが
この時が
一般鉄道に乗った
初めての機会だった。
今思えば、
駅の敷地内には転車台や扇状庫が
取り壊されずに残っていた頃で、
当時の移動は
バスばかりだった故に、
今回、列車に乗れるということが
この上なく嬉しかった。
長い間バスに揺られて到着した駅は
モルタルで出来た2階建てで
2等辺三角形をした入口の屋根の形と
大きな5本の柱が印象的なデザインの駅舎だった。
駅前のロータリーでは
タクシーが忙しなく入って来ては去っていき、
駅前から伸びるメインストリート沿いには、
食堂車にも料理を提供している
老舗のホテルが高々とそびえていた。
駅舎もその周りの風景も
どれをとっても新鮮で、
もはや初詣に行くという本来の目的は
どこかに行ってしまっていた。
列車に乗ると知らされた時から
「おやつ」が無くてはならないと、
勝手に決めていた。
列車に乗ったら、
窓側の席に座って
「おやつ」をゆっくりと食べながら
初めて見る車窓の風景を
少したりとも見逃さないようにするのだと
そんなことを想像していた。
売店から、父がチョコレートを買ってくれた。
それは、ずっと前から欲しかったチョコレートだった。
金の延べ棒のような形をしていて
1本1本が個別に包装されている。
上半分は透明のフィルム、
下半分は金色の紙で包まれていた。
更にそれは、透明のフィルム部分だけを
先に剥がすことができて、
残った金色の紙の部分を持って食べることができた。
溶けたミルクチョコレートが手について
ベタベタになるようなことがなように工夫された
画期的で上品なチョコレートだった。
お気に入りの「おやつ」と共に過ごす鉄道旅に
胸を踊らせた。
ところが、実際は全く違っていた。
父に手を引かれて入った駅の構内は
正月には珍しい程の晴天というのに薄暗く
狭い空間だった。
行商にいくのか、それとも帰省なのか
大きな荷物を背負った人でごった返していて、
皆、足早に右に左と去っていく。
菓子を食べながら車窓の景色を楽しもうなどと言う
甘い空気は、どこにもなかった。
急に怖くなって、父の脇腹にぎゅっと身を近づけて
誰かとぶつからないように体を小さくしながら
改札口へと向かって行った。
父から硬券を渡された時、
列車に乗れる嬉しさが蘇ってきた。
「そうだ、乗ったらすぐに
チョコレートが取り出せるようにしておこう!」
チョコレートをしまった場所を手探りした。
どこにもなかった。
大切にしまっておいたはずの場所に
入っていなかった。
晴天とはいえ、
正月の乾いた空気は身を切るように冷たく
揃いの毛糸で編んだ帽子とマフラーを身につけいたが、
長時間、暖房がよく効いたバスに揺られ
駅に着いた時にはさすがに暑く、
帽子もマフラーも脱いでしまった。
顎紐が付いた帽子だったので
それを持ち手に見立てて
バックのようにして、
帽子の中にマフラーとチョコレートを入れて
持ち歩いていたのだった。
不安定な持ち手の
ニット製の即席の鞄から
どうやら、こぼれ落ちてしまったようだった。
それに気付いて立ちすくんでいると
父はぼそりと声をかけて
手をひいて
改札の向こうへ誘ってくれた。
しかし、あのチョコレートの行方が
どうしても気になって
気になって
仕方がなかった。
あの人混みの雑踏の中で
無造作に踏み潰されてはいないだろうか、
それとも誰かに拾われただろうか。
考えれば考える程
チョコレートへの愛着は増すばかりだった。
濃厚なチョコレートのような塗装が施された列車が
すでにホームに到着していた。
予想に反して空いていて
窓側に座ることができた。
固定されたボックス席だったが
進行方向を向いて座っている。
木枠の大きな窓から
外の景色が
何にも遮られることなく眺めることができたが、
相棒を失った鉄道旅では
どんな景色も目に入って来なかった。
相棒が傍らにあったなら
どんなに晴々とした旅だっただろう。
思いとは関係なく
定刻に列車は走り続ける。
大きな車輪が一回りする度に、
車両がガッタンと前に進む。
その力強い動力の振動は
ほんのりと温かい座席を介して
小さな体を包み込み、
いつしか落胆した思いは
かき消されて行った。
列車は、
神社に近い駅に到着しようとしていた。
by aiotsunaide
| 2020-01-27 02:21
|
Comments(0)

