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職人と銀河

まり子さんにお会いしてから
どの位の年月が経ったのだろう。
6年程前になるだろうか..

まり子さんとの出会いは、
夏の日差がまだ残る
夏の終わり..いや、秋の始まりの頃だった。
ぽつりと列車から降りてきて
駅舎と観光案内所の間を
何回も行ったり来たりしていた。
空は高く、
筆を払ったような筋状の雲が
何列にも並んで浮いている。
しかし、
そんな晴れやかで爽やかな天気とは裏腹に
まり子さんはあくせくとしていて、
困惑したオーラが溢れ出ていた。

放っておけず
声をかけた。

まり子さんは
ホップ畑を営む老夫婦を尋ねて来たようだったが、
老夫婦の連絡先を
うっかり忘れて来てしまい、
どうやって尋ねていけばいいのか
途方に暮れてしまっていた。
判っている情報は、ご主人の名前だけ。
観光協会に行ってこの名前を告げたら、
場所を教えてもらえるだろうか、
いや、こんな事情を話すのは恥ずかしいし、
どうしたものだろうと
右往左往していたところを
私に呼び止められたのだった。

駅の傍らにあるベンチに並んで腰かけて
話を聞いてみることにした。
急に呼び止められて、
まるで職務質問をされているかのように
緊張しているまり子さん。
ポツリポツリと発せられる単語を辿ると、
訪問先が見えてきたように感じられた。

この町は古くからポップの栽培が盛んな土地で、
今でも栽培を続けている個人農家ということであれば
何軒かに絞ることができる。
更に、まり子さんの目的は
その農家で栽培している「藍」で、
藍染工芸の職人さんでもあった。

訪問先を調べるのに
少し時間が必要だった。
「まり子さん、間もなく綺麗な藍色をした
夢のような列車がこの駅に到着しますから
その列車を眺めながら少し待っていて下さい」
そう言って、
ホームの方向へ手をかざした瞬間に、
石炭を燃やした黒煙が見え始めて
太く低く重厚な音が聞こえてきた。
やがて音はどんどん近くなり、
素朴でこじんまりとした温かみのあるホームに
列車が「ごぉっ」と入ってきた。
今日の晴れ渡った空の色のように
鮮やかな青色のヘッドマークを付けた蒸気機関車と、
それに牽引された4両の客車。
スピードはゆっくりであるが
その風貌は堂々としている。

最初に目を引くのは
やはり蒸気機関車だ。
C58(しごはち)という機関車で、
昭和時代初期から中期にかけて
この地域の機関区で活躍した後、
県営の交通公園で静態保存されていたものを
復元して走らせている。
高さは約4m、長さは約18mある。
車体は黒々としていて、
運転席の横にある
金色の四角で囲まれた所属機関区の一文字が
印象的だ。
公園の一角で子どもたちと過ごしてきた機関車を
復元する作業は極めて困難であったに違いない。
当時を知る技術者と現代の知識を持つ技術者との
合わせ技で完成したこの復刻版C58(しごはち)は、
彼ら職人の技で見事に息を吹き替えして
私たちの前に再び勇壮な姿で現れていた。
車体の底部から蒸気を柔らかに放出しながら、
ホームで休んでいる間もメンテナンスを受けるその様は、
峠越えを終えた若馬が息を整えている様子を連想させた。
まるで生きているかのようだ。
蒸気機関車は、
石炭を熱して発せられた蒸気を動力源にして
上下運動と往復運動とを組み合わせて動輪を動かしている。
その機械的な仕組みを完結させる部品の構成群は、
正に機能美そのものだ。

機関士も同様に、
かつてのベテラン機関士を師として
技を譲り受け
継いでゆく。

客車内では
プラネタリウムが賑わっていた。
客室は、燕脂色(えんじいろ)の天鵝絨(びろうど)のような
生地で覆われた座面の席があり、
木材を多く取り入れた内装が施してある。
ステンドグラスが彩りを添えている。
車両の外装に染められた色は
8つの青色を塗り分けていて、
夜をイメージした藍色にも似た青色から
朝をイメージした今日の秋空のような青色へと、
4両の客車の側面すべてがキャンバスになったように
その移り変わりが塗り分けられている。
その上に描かれた絵は、
この車両のコンセプトである童話
宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」に登場する
白鳥やフクロウ、鷺、ラッコなどの動物たちだ。
それはまるで、
銀河にある無数の星々を絵の具にして描いたようで、
異次元の空間へと
誘われていくようだ。

列車内に木材を使用する工夫。
作家の世界観を
色彩やデザインで表現する技巧。
機関車が製造された時期と
コンセプトの童話が発刊された時期は
ほぼ同じらしい。
その後の現代に、
多くの職人の技巧によって
ふたつが再現されて再会した縁に目を馳せれば、
また新たなイマジネーションも
生まれてきそうな気がする。

まり子さんも
そんな列車を楽しんでもらえただろうか..
そろそろ出発の時間だ。
煙突から黒い煙が立体的に立ち上がる。
車掌が安全確認を始めた。
C58(しごはち)の警笛が短く鳴り響く。
さあ、次の停車駅へ向けて列車が動き出した。
直径が人の背丈ほどもある動輪がどっしりと回りだす。

沿線に住む人達が見送りに集まっていて
列車に向かって大きく手を振っていた。
そのなかに、私に向かって手を振る
ひとりの青年がいた。
役場の農業政策課の若者だった。
どうやら、老夫婦の農場がわかったらしい。
ホームの上からいつまでも手を振って
列車を見送っているまり子さんに向かって
私は手を振りながら
大きな声で合図を送った。


※参考
  ・列車 SL銀河
  ・路線 釜石線(銀河ドリームライン釜石線)
  ・宮沢賢治作 銀河鉄道の夜
  ・岩手冷藍染(花巻市)
   ・東日本旅客鉄道株式会社 盛岡支社
   ・東日本旅客鉄道株式会社 高崎支社



 

 




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by aiotsunaide | 2020-08-21 09:15 | Comments(0)

藍と共に観る路線風景


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