2024年 02月 06日
ラッシュアワー

朝の通勤・通学ラッシュ時に
電車に乗りました
この時間帯に利用することは
あまりないのですけれど
この時ばかりはそうしないと
間に合わなかったのです
混雑した列車の車内には
暗黙の乗車マナーがあるようで
改札までのヒトの波には
逆らわないようにして…
移動、混雑、雑踏、辛抱
そんなことばを思い浮かべていたら
ヒトとヒトの隙間から
一点の灯りが見えました
気付きもしませんでした
こんな風に灯っていたなんて
この小さな灯りが
とても眩く明るかったなんて
あの窮屈な空間を経るまでは
気付きもしませんでした
朝のラッシュアワーも
たまには良いものです
撮影:202/2/2
JR仙石線 あおば通駅
人間のラッシュの中に発見した
誰も見ないフラッシュの一点が
緑と灰色の織りなす十字の間に
明日へと向かうベクトルを示す...
誰も見ないフラッシュの一点が
緑と灰色の織りなす十字の間に
明日へと向かうベクトルを示す...
1
> algosjさん
コメントをありがとうございます!
この駅は、始発駅でもあり
終着駅でもあるので
列車が引っ切り無しにやって来ては
去ってゆく、列車もラッシュな駅です
幾度となく利用している駅ですが、
そんな列車の往来に紛れて
この灯りを見落としていたのでしょう
杜の都にふさわしい緑色のベクトルが
指し示す未来を見てみたくなりました
この始発駅より列車に乗って
旅に出かけてみましょうか…
コメントをありがとうございます!
この駅は、始発駅でもあり
終着駅でもあるので
列車が引っ切り無しにやって来ては
去ってゆく、列車もラッシュな駅です
幾度となく利用している駅ですが、
そんな列車の往来に紛れて
この灯りを見落としていたのでしょう
杜の都にふさわしい緑色のベクトルが
指し示す未来を見てみたくなりました
この始発駅より列車に乗って
旅に出かけてみましょうか…
> ALGOSさん
コメントをありがとうございます
ここは路線の起点の駅なので
要所駅のひとつになり得るでしょうか…
ワンマン運行ではないので
車掌さんがしっかり乗車されていて
近頃は、女性の車掌さんも増えました
ジェンダーで業務を分けない傾向にある
昨今の働き方ではありますが、
業務の上では、様々な困難もあることと
想像しています
そうだとしても、いつも明るく乗務して
いらっしゃるので、どの時代に於いても
その役割の大切さに気付かされますね!
(あ!私は、クリスマスローズのお花も
好きです ダジャレでした)
コメントをありがとうございます
ここは路線の起点の駅なので
要所駅のひとつになり得るでしょうか…
ワンマン運行ではないので
車掌さんがしっかり乗車されていて
近頃は、女性の車掌さんも増えました
ジェンダーで業務を分けない傾向にある
昨今の働き方ではありますが、
業務の上では、様々な困難もあることと
想像しています
そうだとしても、いつも明るく乗務して
いらっしゃるので、どの時代に於いても
その役割の大切さに気付かされますね!
(あ!私は、クリスマスローズのお花も
好きです ダジャレでした)
コロムビア・ローズも
ボンネットバスも昭和。
「発車、オーライ!」
「出発、進行ォ!」、
指呼と信号機、そして
管制官の「離陸許可」
...
休日に、友達と一緒に
アンパン噛じりながら
お城下に出掛けていた
頃のノンビリ列車風景、
なつかしいものですね...
旅の想い出へTAKEOFF!
ボンネットバスも昭和。
「発車、オーライ!」
「出発、進行ォ!」、
指呼と信号機、そして
管制官の「離陸許可」
...
休日に、友達と一緒に
アンパン噛じりながら
お城下に出掛けていた
頃のノンビリ列車風景、
なつかしいものですね...
旅の想い出へTAKEOFF!
> ALGOSさん
コロムビア・ローズの歌詞を拝見した時
“ラララ汽車はゆく汽車はゆく~
はるばるとはるばると…♪”
(舟木一夫・修学旅行)とか、
“汽車の窓からハンケチ振れば~♬”
(岡本敦郎・高原列車はゆく)などを
思い浮かべてしまいました。
汽車(列車)に乗れば
そこにはドラマがあって、
旅をすることで
そのドラマの演者の中に
自分もいるような錯覚を
楽しんでいたように思います。
遠い昔の思い出です。
鉄道への関心は
そんなところから
始まったのかもしれません。
時は、あの駅標上のベクトルのように
ひとつの方向にだけ向いていて
先々へと進むことしかできませんけれど、
どこまでも進んで、そして時代が変わっても
昭和のどこか良きものは持ち続けていたいと
思ってしまいます。
コロムビア・ローズの歌詞を拝見した時
“ラララ汽車はゆく汽車はゆく~
はるばるとはるばると…♪”
(舟木一夫・修学旅行)とか、
“汽車の窓からハンケチ振れば~♬”
(岡本敦郎・高原列車はゆく)などを
思い浮かべてしまいました。
汽車(列車)に乗れば
そこにはドラマがあって、
旅をすることで
そのドラマの演者の中に
自分もいるような錯覚を
楽しんでいたように思います。
遠い昔の思い出です。
鉄道への関心は
そんなところから
始まったのかもしれません。
時は、あの駅標上のベクトルのように
ひとつの方向にだけ向いていて
先々へと進むことしかできませんけれど、
どこまでも進んで、そして時代が変わっても
昭和のどこか良きものは持ち続けていたいと
思ってしまいます。
by aiotsunaide
| 2024-02-06 23:57
| 駅
|
Comments(6)

