2026年 02月 16日
港町・壱番館
塩釜に出掛けた時のこと
”壱番館”という建物の展望台に
行きました。
”壱番館”が建つ場所は
かつての塩釜駅があった場所でした。
その始まりは大正15年。
当時は港町と仙台の間を
多くの乗客と貨物を運んでいたのでしょう。
展望台からは港が一望でき
松島を結ぶ遊覧船や造船所も見渡せました。
今は高架橋の上を列車が走り
その姿は様変わりしましたが
港町と共にあり続けた当時の風に
触れたような気持になりました。

撮影:2026/2/11
JR本塩釜駅付近
新鮮な魚介を一大消費地の仙台方面へ
短時間に大量に送る手段として鉄道の
開通は必須だった時代、最初はどうい
う具合に始まったのか、それがやがて
今現在のトラック輸送に切り替わった
さまと考え合わせると、鉄道はまだま
だ未開拓の新たな発展余地を、可能性
として持っている気がします。
撮り鉄で賑わうファッションアイテム
としてでなく、仕組みの再生かも。
あ、生を言っちゃった!
短時間に大量に送る手段として鉄道の
開通は必須だった時代、最初はどうい
う具合に始まったのか、それがやがて
今現在のトラック輸送に切り替わった
さまと考え合わせると、鉄道はまだま
だ未開拓の新たな発展余地を、可能性
として持っている気がします。
撮り鉄で賑わうファッションアイテム
としてでなく、仕組みの再生かも。
あ、生を言っちゃった!
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> 6seianさん
コメントをありがとうございます。
返信が遅くなってしまい申し訳ありません。
塩釜港は三陸沖の漁場との距離も良く
マグロの水揚げも多い港です。
刺身はもちろん、握り寿司、鉄火丼などなど
美味しいものもたくさんある街です、
(日本酒との相性も抜群です‼)
この港町と鉄道には、以前から
共存しあっているような
街に鉄道が溶け込んでいるような
そんな印象を持っています。
どちらも時代と共に姿を変えていますが
それでも、
融合性は変わっていないようにも思えます。
モータリゼーションの影響を受けて
高架橋上を走ることになりましたが
そのおかげで、あの津波からは逃れられた…
人生、いや、鉄生
何が起こるかわからないものです。
変化には寂しさもありますが
その中にある期待をも
鉄道を通して感じ取れたらいいなぁと
思っています。
コメントをありがとうございます。
返信が遅くなってしまい申し訳ありません。
塩釜港は三陸沖の漁場との距離も良く
マグロの水揚げも多い港です。
刺身はもちろん、握り寿司、鉄火丼などなど
美味しいものもたくさんある街です、
(日本酒との相性も抜群です‼)
この港町と鉄道には、以前から
共存しあっているような
街に鉄道が溶け込んでいるような
そんな印象を持っています。
どちらも時代と共に姿を変えていますが
それでも、
融合性は変わっていないようにも思えます。
モータリゼーションの影響を受けて
高架橋上を走ることになりましたが
そのおかげで、あの津波からは逃れられた…
人生、いや、鉄生
何が起こるかわからないものです。
変化には寂しさもありますが
その中にある期待をも
鉄道を通して感じ取れたらいいなぁと
思っています。
by aiotsunaide
| 2026-02-16 23:58
| 車両・風景
|
Comments(2)

