2026年 03月 04日
3月の風景
春らしい温かな3月1日

大きな津波にのみ込まれたこの駅に
高等学校の卒業式の日でした
フォーマルな装いや花束を持った人
学校の校門の前で
仲間と共にセルフィする
学ランの生徒たち
3月の風景はいつも
達成感に、希望に、そして感謝と
たくさんの感情と感動に包まれてるかのようです
15年前の3月も、いつもと同じように
雪が解けて心が弾んでゆくような
そんな軽やかさに包まれていました
あの災害がやって来るまでは…。

もう列車が止まることはありません。
当時、この駅を通過したばかりの列車が
この先にある高台で被災し、それ故に
乗客・乗員が全員、無事だったという
実話が残されています。
今でもその列車は「奇跡の列車」として
私達から愛され、親しまれてきました。
震災で無くしたものは多く
未だにその穴は埋められないままです。
一方で、震災があったから
出会えたものも少なくありません。
こんな奇跡のような出来事も
九死に一生を得たような経験も
ひとつひとつが手を取り合い
重ね紡いで力になっていると信じたい
この場所を時々訪れて
この景色を眺める時
改めて命の重みを感じています
JR仙石線 旧野蒜駅
(現東松島市震災復興伝承館内)
十有余年まえの或る日・ある時間・それから
つながる幾つかの出来事それらが脳裏に刻み
込まれてしまった体験、きっと稀ですね。
その日の曜日・うろたえる人々の声・緊急速
報の始まったテレビ画面・落下する器物の散
乱音・通りで消えた交差点信号など…
震源から遠い関東ですらこの日が来ると
何かを願わずにはいられません、まして
仙台での衝撃を自分の体で知っている以
上、その生々しさから一生逃れられるこ
とはないかと推察します。
出来うるならその記憶が自障のもとにな
らぬことをと、今回の文章の吐息から勝
手ながら感じたことです。
トンネルを抜ける花見の季節ですね!
つながる幾つかの出来事それらが脳裏に刻み
込まれてしまった体験、きっと稀ですね。
その日の曜日・うろたえる人々の声・緊急速
報の始まったテレビ画面・落下する器物の散
乱音・通りで消えた交差点信号など…
震源から遠い関東ですらこの日が来ると
何かを願わずにはいられません、まして
仙台での衝撃を自分の体で知っている以
上、その生々しさから一生逃れられるこ
とはないかと推察します。
出来うるならその記憶が自障のもとにな
らぬことをと、今回の文章の吐息から勝
手ながら感じたことです。
トンネルを抜ける花見の季節ですね!
1
> 6seianさん
コメントをありがとうございます。
当時は、関東地方の被害も相当に
大きなものだったのですね。
東北の沿岸部に比べれば
仙台市内はまだ良い方でした。
その後、震災に関連する仕事をしたり
知人から話を伺ったりなどで
様々な角度から被災後の様子に
触れる機会がありましたが、
写真にあるような、いわゆる「遺構」を
尋ねることができたのは数年前のことです。
それまでは、難しかったです。
(掲載の写真は2025年12月のものです)
ガソリンが不足して
スタンドに列を成しても給油が叶わなかったり
物流が滞って物資に乏しかった経験は、
鉄道という交通機関を思う時
もう一つの視点を得られたのではないかと
今は思えるようになりました。
毎日がいつも通りに過ぎてゆく…。
そこにある鉄道の魅力を、
幅広く、軽やかにお届けできるように
綴っていきたいと思っています。
これからもどうぞよろしく
お願いいたします。
コメントをありがとうございます。
当時は、関東地方の被害も相当に
大きなものだったのですね。
東北の沿岸部に比べれば
仙台市内はまだ良い方でした。
その後、震災に関連する仕事をしたり
知人から話を伺ったりなどで
様々な角度から被災後の様子に
触れる機会がありましたが、
写真にあるような、いわゆる「遺構」を
尋ねることができたのは数年前のことです。
それまでは、難しかったです。
(掲載の写真は2025年12月のものです)
ガソリンが不足して
スタンドに列を成しても給油が叶わなかったり
物流が滞って物資に乏しかった経験は、
鉄道という交通機関を思う時
もう一つの視点を得られたのではないかと
今は思えるようになりました。
毎日がいつも通りに過ぎてゆく…。
そこにある鉄道の魅力を、
幅広く、軽やかにお届けできるように
綴っていきたいと思っています。
これからもどうぞよろしく
お願いいたします。
by aiotsunaide
| 2026-03-04 23:57
| 駅
|
Comments(2)

